マイクロファイナンス 日経BIZGATE

認定NPO法人Living in Peace 理事長 慎 泰俊(しん てじゅん)氏

 

 金融業界で働きながら、NPO法人 Living in Peace(リビング・イン・ピース)を設立し、発展途上国の貧困層に向けた日本初のマイクロファイナス投資ファンドを企画した慎泰俊氏。2014年には自らもマイクロファイナンスの会社を立ち上げ、発展途上国の貧困削減により直接的に取り組もうとしている。日本初のマイクロファイナンス投資ファンドはどのような問題意識や経緯から立ち上げられたのか。貧困削減への取り組みは、どのような展開をみせているのか。「すべての人が貧困から抜け出せる機会づくり」に奔走する慎氏に語ってもらった。


――マイクロファイナンスへの注目度は世界的に高まっているものの、日本ではまだあまりなじみがありません。

慎 泰俊(しん てじゅん)
 1981年東京生まれ。 朝鮮大学校政治経済学部法律学科卒業。早稲田大学大学院ファイナンス研究科修了。モルガン・スタンレー・キャピタル、ユニゾン・キャピタルを経て、2014年7月に五常・アンド・カンパニー設立。仕事の傍ら、2007年にNPO法人Living in Peaceを設立し、代表を務める。著書に「働きながら、社会を変える。~ビジネスパーソン『子どもの貧困』に挑む」(英治出版)、「ソーシャルファイナンス革命~世界を変えるお金の集め方」(技術評論社)など。

 

 マイクロファイナンスとは、主に発展途上国の貧困層を対象とした、小規模の金融サービスの総称です。牛やニワトリを飼っている人、小規模で農業を営んでいる人などに小口の資金を融資して、家畜の数を増やしたり、新たに仕事を始めたり、規模を大きくしたりするお手伝いをすることで、生活をより豊かに変えていくのが、マイクロファイナンスの目標です。

 最も一般的なのは、お金を貸す「マイクロクレジット」ですが、「送金」や「保険」などのサービスも提供しています。とりわけ「預金」は重要です。お金を貯める習慣をつけることは、貧困から抜け出す最良の方法の1つですから。

 マイクロファイナンスを扱う金融機関が提供しているローンの残高は現在、世界で約10兆円とされています。

――貧困層を対象とする金融だと、ビジネスとして難しいように思えるのですが、なぜ、それほど拡大しているのですか。

 一般的に、マイクロファイナンスでのローンの貸し倒れ率は、2~3%と言われています。日本の金融機関でもなかなかない、非常に低い水準です。

 事前審査など仕組みがしっかりしていることももちろんですが、貧困層が"村社会"に暮らしていることも、大きな理由です。例えば、貸し手が村長さんと信頼関係を築けば、借り手は村社会で生きていくために、きちんと返済しなければならない。村社会でお金を貸す仕組みは、2、300年前から確立されているビジネスモデルなのです。加えて、そもそも多くの発展途上国では経済が成長しているので、貸し倒れ率は低くなる傾向にあります。

――Living in Peace(以下、LIP)ではどのようなかたちで、マイクロファイナンスに取り組んでいるのですか。

 マイクロファイナンス機関向けのファンドを企画するとともに、マイクロファイナンスに関する情報を発信しています。LIPのスタッフは皆、本業の傍らボランティアで参加し、メーリングリストでやりとりしながら、主に土日を使って活動しています。現地調査などに必要な渡航費等は、ファンドの運用手数料と、マイクロファイナンスに関するセミナー収入で賄っています。

――働きながら、LIPで日本初となるマイクロファイナンスのファンドを企画したきっかけは、何だったのですか。

 LIPを設立した当初、経済開発や金融の手法を使って貧困削減のためにできることを探るうち、マイクロファイナンスの存在を知りました。最初は、米国のマイクロファイナンス融資のプラットフォームサイト「キバ(Kiva)」のような仕組みができないかと考えました。Kivaは、ネット上で「この人は牛を買って、こういうことをしたいと考えていますが、あと3000ドル必要です」などと借り手候補が紹介され、そこに小口融資が集まる、という仕組みでした。日本でも実現できないかと思ったのですが、規制が厳しいためいったん断念しました。

 当時は、マイクロファイナンス投資が慈善事業ではなく、ビジネスとして成立しているということが、日本ではほとんど知られていませんでした。そこで、「日本にもマイクロファイナンスに投資するファンドをつくってほしい」という思いで、世界銀行とカンファレンスを共催しましたが、なかなか受け入れてもらえなかった。「それなら自分たちでやろう」と考えて、アーティスト発掘の資金をインターネットで募り、ファンドを運用してきた実績を持つミュージックセキュリティーズ株式会社と提携し、2009年に第1号となる「カンボジア ONE」を組成しました。

――マイクロファイナンス機関への投資ファンドは、どのように組成され、どのような成果がでているのですか。

 ミュージックセキュリティーズを通じて、1口3万円で投資家から広くお金を集め、マイクロファイナンス機関に出資しています。LIPは、投資先から毎月送られてくる財務データを分析してレポートを作成し、投資家に送っています。形式的にはマイクロファイナンス機関への出資ですが、少なくとも年に1回は現地に赴いて、エンドユーザーであるマイクロファイナンス機関の顧客の役に立っているかどうかなどを調査しています。

 これまでカンボジアやベトナムで7つのファンドを企画して、合わせて約2億円が集まりました。そのうちすでに期限を迎えて償還した分については、出資した投資家にも年利7%で配当することができました。

――LIPではマイクロファイナンスだけでなく、国内の貧困削減にも取り組んでいますね。

 児童養護施設の教育環境の改善や子どもの自立支援に取り組んでいます。具体的には、月々1000円から始められるクラウドファインディング型の寄付プログラム「チャンスメーカー」をつくり、国の補助金制度も活用して、より家庭的なグループホームへの改築を進めています。集まる寄付金はまだ月100万円ほどですが、昨年、筑波で第1号となる施設の建て替えを実現することができました。この施設に関わって5年ですが、今年、初めて大学進学者が出たことをとても嬉しく感じています。

――そもそも慎さんはなぜ、途上国や子どもの貧困の問題に取り組むようになったのですか。

 私は幼い頃から「生まれたときの初期条件によって人が不利益を被る」ことに疑問を感じていました。周囲には裕福な親戚もいましたが、朝鮮学校の高校の先生をしていた父の給料で4人の子供を育てるのは大変で、私たちの生活は楽ではありませんでした。世界には、かつての私よりも貧しく、大変な生活をしている人たちが何十億人といます。

 朝鮮大学校時代は人権擁護運動などにも参加しましたが、当時の人権関連のNPOや市民セクターは、常に社会に対して"野党"という印象を受け、「本当にこれで世界が変わるのだろうか」と疑問を持つようになりました。「もっと地に足の着いた活動がしたい」と思い、「みんなご飯を食べて生きているのだから、経済やビジネスを通して活動するのがいいのでは」と考え、そのために金融を勉強することにしました。

――目標達成をより現実的なものにするために、金融の道を選んだわけですね。

 大学院時代に「貧困削減のために何か行動しよう」という目標を掲げ、勉強会としてLIPを立ち上げました。卒業後はモルガン・スタンレー・キャピタルでホテルや不動産の投資分析などに従事。さらにプライベート・ エクイティ・ファンド(PEファンド)運営会社であるユニゾン・キャピタルに移り、事業の分析や投資先の経営改善に取り組みました。

 

 

――マイクロファイナンスの今後の可能性や課題については、どのようにみていますか。

 

 マイクロファイナンスのローン残高は、ここ8年ほど、年率30%くらいのペースで伸びています。それでも、金融にアクセスできない人はいまだにたくさんいて、潜在的なニーズからみて、まだ20兆円くらい足りていないというのが現状です。マイクロファイナンスと呼べるかどうかはさておき、小規模事業者や中小企業向けの金融も全然追いついていないため、将来の産業の芽が育ちにくい状況にあります。IT化の時代にあって、インターネットを使ったサービス展開という面でも遅れています。

 1国にマイクロファイナンス機関が1社しかないケースが多く、競争原理が働きにくいことも問題です。最近では、利子を不当に高くするなど、マイクロファイナンスに携わる悪徳な金融機関も増えているため、きちんと実態を評価すべきだという機運が高まっています。

 マイクロファイナンスの意義は、これまで非合法な高利貸しなどに頼らざるをえなかった貧困層の人々が、持続的に金融サービスを受けられる仕組みを現代の技術状況にあったかたちでつくりだした点にあります。金融サービスへのアクセスがあるからといって人が直ちに貧困から抜け出せるわけではありませんし、マイクロクレジットの貧困削減効果についても論争があるところです。しかしながら、ちょっと想像しただけで分かりますが、生活の質や機会の平等といった観点からすれば、生活に金融サービスがあるのと無いのとでは大きな違いがあります。だから、私たちはマイクロファイナンスの健全な成長支援を今後も行っていきたいと考えています。

――最後に慎さんの今後の活動や抱負について、お聞かせください。

 会社でもNPOでも常に言っているのは「生まれたときの状態でその人の運命が決まってしまうような世界がなくなること」です。どんな家庭に生まれても、どんな国に生まれても、国籍や性別と関係なしに、目指したいものがあったら誰しもが一生懸命追い求めることができる世界になってほしい。

 個人でできることには限りがありますが、マイクロファイナンスやクラウドファンディングなどのソーシャルファイナンスは、お金集めとPRを同時に行うことができ、世の中に大きなインパクトを与える可能性を秘めています。私自身は、自分が決めた目標に向かって、ソーシャルファイナンスを通じてこれからもできることを1つずつ積み重ねていきたいと考えています。